創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火」(13)

こんにちは。連続創作「熾火」の(13)をお届けします。祖母の光江が死去した翌年、今度は父の義和が入院してしまいます。

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 2007年7月、谷中義和は転院して心臓の手術を待っていた。

 「昨日、病室の窓から花火が見えてねえ。」

 足繁く義和を見舞っていた妻の峰子は、アパートで昌行に楽しげに語った。ちょうどその頃、昇は何度目かの再入院をしていた。排尿に手間取っていたため、尿管にカテーテルを挿入したのだが、尿道を傷つけてしまって高熱が出たためもあるが、統合失調症の病状がよくはなかったことが原因である。アパートに移って以来、常に昇を気遣っていた峰子の表情には、開放された穏やかさがあった。

 一方昌行は、2004年に産業カウンセラーの受講者で集まった際、姿を見せなかった雅実について思っていた。その後も連絡が取れていないのだが、昌行にとっての雅実は、3年を経てもなお、単に同窓の後輩である以上の存在であった。その思いはまだ、雅実に伝えられてはいないままだ。しかし、タニナカベーカリーからの退去や、光江の死去などの事情が昌行にはあったので、いつしか連絡が取れていない状況を受け容れてしまうようになっていた。

 峰子を始めとして、昌行の弟妹たちが義和の入院先から呼び出されたのは、8月4日の夕刻だったが、この時は特に何事もなく帰路についた。

 「お父さん、元気そうじゃないか。よかったね。手術って、いつになるんだ。」

 滋が口を開いた。37歳になっているとはいえ、末っ子の滋はこのような時、空気を変えてくれる。「退院したら、温泉にでも行きたいね。」と、滋は笑ったが、「ああ、それは無理っぽいなあ。」と続けたのだった。

 「こんな時なんだけど、いいかなあ。」

 言葉を継いだのは、咲恵だった。「いろいろ片づいたら、紹介したい人がいるんだよ。」

 それを峰子はうれしそうに見やっていた。タバコに火を着けた咲恵は、「できれば30代の内に結婚したいんだよね」と言った。

 「何だ、お母さんも知っていたんだ。」

 続いて滋が、おどけて言った。平穏を取り戻しつつある家族たちの表情を見て、昌行は安堵していた。

 「次は昇の退院だな。」

 一進一退を繰り返している昇を見ていて、統合失調症が治る種類の病気ではなく、一般的には寛解と呼ばれる状態を目指すものであることを峰子に説明してみているが、それを峰子が受け容れられると昌行は考えてはいなかった。じっくり取り組むしかない、長期戦だ。昌行は、そう考えていた。この時昌行は自覚できていなかったのだが、谷中家にあっては、昌行は常に長男という役割を負っているし、峰子も弟妹たちも、それを受け容れているのだった。

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今回はここまでといたします。お読みくださいまして、ありがとうございました。それではまた!

 

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