お知らせ(24/01/08)

こんにちは。
24/01/07より、「熾火」(01)より順次noteに掲載してまいります。基本的には、毎日一回分を公開していく予定です。また、価格を設定してありますので、ご支援・応援をしていただけます方は、クリックの上で手続きを進めてくださいますと幸いです。ご検討ください。記事について、1件毎のご購入も可能ですが(¥100)、「マガジン」としての一括購入も可能です(¥500)。
創作シリーズ「熾火」PDF版(02)

創作「熾火」
1998年10月(2)
正直なところ、昌行は月にいくらを返済をしているのか、そのためにどれくらいの売上げが必要であるのかを、昌行は知らずに過ごしていた。より正確には、知ろうとしてはなかったというべきであろう。この日昌行が用立てた10万円が、どの程度の足しになっていたのか、もちろん見当はつかなかった。父には父の、自分には自分の人生があり、それぞれに歩んでいると昌行は思っていたのだが、ひとつ所に住まわっている以上、それは勝手な思い込みに過ぎないことを感じるようになっていった。
現金で10万円を用立てるには、さすがに銀行に立ち寄る必要があったため、昌行はこの日、出社が遅れることを申し入れた。10万円を父に渡して出社した昌行は、上司の谷津に声をかけられた。
「谷中くん、よりによってこんな日に遅刻とは君らしくないな。まあいい。あとで社長から話があると思うので、そのつもりでいておいてな。私も同席するから。」
やれやれ。何があったって言うんだ。谷津部長からの一言を、怪訝な面持ちで昌行は聞いていた。「社会人」としてのスタートが遅かった昌行にとって、このサプライ・システムズは2つめの勤務先だった。昌行は、この勤務先が受託していたパソコンのユーザー・サポート業務のほとんどを、谷津の下で取り仕切っていた。そしてこの部門は、サプライ・システムズ社を実質的に支えていたと言ってもよかった。
「失礼します、谷中です。今朝方は出社が遅れてしまいまして、大変申し訳ありませんでした。」
「さっそく急な話で申し訳ないんだが、谷中くん、君には新設の部門長として社外常駐してもらおうと考えているんだ。君の後任には、須永くんを充てようと思う。」
谷津が昌行に語りかけた。谷津が話し終えるのを待って、安斉社長が話を継いだ。
「谷中くん。サポート部門をここまで育ててくれたことを評価し、感謝もしている。もう3年目にもなることだし、次の部門を手掛けてはもらえないかな。」
「過ぎた評価をいただき、ありがとうございます。しかしながら、単刀直入に伺います。この異動、何か別の意図があるようにも思えるのですが。差し支えなければ、それを聞かせてはいただけませんか。」
安斉からの目配せを確認し、谷津が口を開こうとしたが、それを制して安斉が語った。
「実はね・・・、君が育ててくれたサポート部門は1年後に閉鎖せざるを得なくなったんだよ。」
昌行は突然のことに言葉を失った。
* * *
※本記事は、23/08/06初出の以下の記事に、若干の修正を施して公開するものです。
https://invention2023.hatenablog.jp/entry/2023/08/06/182637
創作シリーズ「熾火」PDF版(01)

創作「熾火」
1998年10月(1)
まだ夜も明け切っていない頃、疲れの取れない身体を持て余していた昌行は、このまま起きてしまおうかと考えていた。すると、部屋のドアを誰かが叩いたような気がした。その音の主は、父の義和だった。
「明日までに今月分の返済があるんだよ。すまないが、10万円ほど用立ててはくれまいか」
何だって? 昌行は耳を疑ったが、それ以上に、新築して10年ほどになろうとしているタニナカ・ベーカリーの店舗兼家屋の返済が、それほどまでに逼迫していることに驚いた。いや、そうではない。昌行は谷中家の財政の窮状を知っていたはずだった。
山手線に接続する私鉄沿線の商店街で、谷中義和と妻・峰子は、先代から続くタニナカ・ベーカリーを手堅く経営していたのだが、狂乱地価という時代のうねりに飲み込まれ、借地権の更新に合わせて大きな賭けに打って出た。当初はあくまでも「増改築」程度の計画だったところだが、昌行の知らぬ間に、猫の額ほどの土地の上に5階の「ビル」を建てる計画に膨れ上がっていた。その図面を見せられるまでの間、信用金庫や銀行の支店長クラスが日参し、「どうか私どもにご融資をさせてください」と平頭していた。それを見聞きしていた昌行が、数十年にわたり地道に商売をしてきた父母を誇らしく思っていたことは間違いなかった。しかし、大学院への進学も視野に入れていた昌行は、その不安をついに伝えることができないままでいたのだった。
数回の院試を経たものの、結局は進学を取りやめた昌行は、母校の桐華大学近くに借りていたアパートから、実家の空き室に戻っていた。新築なったタニナカ・ベーカリーの売上が好調だった時期は、10年もなかったかもしれない。階上に入っていたテナントが退去してしまった後の新しい契約は決まらず、カレー・ショップを開いたことは傷口を更に広げただけではなかった。次男の昇が何とも病名のつかぬ病に倒れていたのだった。にも関わらず、昌行はサプライ・システムズの勤務を続けていた。そう、「にも関わらず」――。
* * *
※23/08/04の記事に調整を加えて再公開したものです。初出URLは、以下となります。
https://invention2023.hatenablog.jp/entry/2023/08/05/215137
【ごあいさつ】「『熾火』創作ノート」、始めます。

こんにちは。
一旦5月3日(金)付けで「完結」を見た創作シリーズ「熾火」ですが、今日以降については、販売をめざしてファイル形式と文章を整えていこうと思います。何でも、PDF化されたファイルを経由して、紙の本と電子書籍との両方を発行できるサービスがあるのだそうです。そこでまず、縦書きのWordファイルを作成しながら、本文の推敲をいたします。その際、連番でしかなかった各回の「見出し」についての変更を加えます。
「改変」されたものについては、このブログや「カクヨム」「アルファポリス」等でもアクセスいただけるようにすることを検討しているところです。
また、創作・記述にあたって気がついたことなどの「ノート」を随時記録していこうと思っています(不定期掲載)。どうぞよろしくお願いいたします。お読みくださいまして、ありがとうございました。それではまた!
創作「見えない隣人~新・熾火」あとがき

2024年――。還暦を迎えたこの年の、この日5月3日。不意に思い立って起筆した小説「の・ようなもの」を、一年ほどを経て、完結させることができました。私は毎年、この5月3日をある感慨をもって迎えているのですが、その意義ある日に完結をみたことに、不思議なめぐり合わせを感じずにはおれません。今までにアクセスいただいた方々、お読みくださった全ての方々に、心から御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
掲載用のはてなブログを、以下のURLで開設したのが、2023年7月14日でした。
https://invention2023.hatenablog.jp
ブログやnoteについては、2001年以来ずっと書き続けてきたのですが、今回初めて「創作」に取り組んだのには理由があって、その一つとして、「当事者研究」や「セルフ・カウンセリング」的な要素を盛り込めないか、それには、創作の方がより適しているのではないかという判断がありました。それがどの程度達成できているのかについては、お読みくださった方々に委ねたいと考えています。
なお、最終話までの公開スケジュールは以下の通りです。
・「熾火」2023年8月5日から8月29日
・「熾火Ⅱ」2023年8月30日から9月16日
・「熾火Ⅲ」2023年9月17日から10月18日
・「見えない隣人~新・熾火」2024年3月25日から5月3日
タイトルに共通する「熾火」は、岩崎航さんの詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社 2012年)に掲げられている以下の詩作から拝借しています。
誰もがある
いのちの奥底の
燠火は吹き消せない
消えたと思うのは
こころの 錯覚
この詩集を知ったのは、批評家の若松英輔さんを通してのことでした。この場をお借りして、お二方にも謝意を表するものです。ありがとうございました。
今後は、既に着想を得ている第二作・第三作の準備に取り掛かるとともに、何等かの形で販売できるように取り組んでまいります。近いうちにお知らせできるよう、精進いたしますので、今後ともご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。
2024年5月3日
創作「見えない隣人~新・熾火:エピローグ」(完)

「ぼくがね、」
昌行は雅実に対して、自身がなぜ小説という表現形態を選んだのかについて語り始めた。
「その頃はまだ小説という形を意識してはいなかったんだ。ただ、両親のことを何等かの形で書き残す必要があると思ったんだよ。つまりね――」
父・義和は、事業を閉じ、生活保護を受けるようになった。頼りとしていた子どもたちも病に倒れ、孫を抱くこともなく逝ってしまった。それでは義和は「負け」たのであろうか。そうではない。そのことを証明したい。それならば、義和の「勝利」を、書き綴るべきなのではないだろうか。その資格と権利が、自分にはあるのではないか。
「そんなことを考えていたことがあってね。あれこれ考えているうちに、谷中の家族史を書いてみたいと思い立ったんだ」
「それは、お祖母さまやおじさまのことも含めてなのね」
「そう。そうしているうちに、羽場さんが撃たれた」
羽場元首相の銃撃事件で、一気に宗教二世の「存在」がクローズアップされた。もちろん、当該教団に対する追求や、被害者の救済がされなければならない。しかしその一方で、宗教「そのもの」が、あたかも悪いことのように扱われるかもしれない。そんな危惧を感じていると昌行は言葉を継いでいった。
「ぼくたちは桐華教会の家庭に生まれ、育ってきた。自分のことを『桐華二世』と言って被害を訴える人もいるんだ。でも、そうした人たちと、ぼくの違いって、なんだろうね」
昌行は、さらに朋友党との「政教一致」批判に関しても触れて、この社会の人々が、桐華教会の人たちを、「隣人」として認めてこなかった、見ないふりをして疎外してきていたのではないかと語った。
「一方で、桐華教会の内部からの視線にも、問題はあったと思う。自分たちは『正しい』とすることに寄りかかるあまり、ついには対話が生まれなかったんじゃないだろうか」
「そうだね」
雅実は、両の目に涙をためていた。
「ぼくはね、桐華教会のウチとソトとか、宗教二世って呼ばれてる人たちとの間に立ちたいと思う。積極的に、エッジに立つんだよ」
エッジに立つことで、自らが通路になりたい。それを目指したい。そのためには、自らを「物語る」ことが必要なのではないか――。
「そう考えたのが先だったのか、書き始めたあとから思いついたことなのかは、もうわかんないんだけどね」
屈託なく昌行は笑った。
「だからね、雅実さん。もう少ししたら、最初にあなたに目を通してほしいんだ」
「もちろん、よろこんで。でも、私の批評は辛口なんだからね」
昌行の胸奥には、確かに「いのち」の熾火が灯っている。雅実はそれを確信できたことが、何よりもうれしく、また、誇らしかった。自分もまた、その火を絶やすまい。私はこれで、もう平気で生きていけるんだ――。そっと雅実は、昌行に手を重ねた。
* * *
一年近くにわたり、お読みくださいましてありがとうございました。次回は「あとがき」です。本日中に公開する予定です。それではまた。
創作「見えない隣人~新・熾火:エピローグ」(02)

2023年6月――。昌行の携帯電話に、弟・滋からのメッセージが入っていた。おばの田中美津子死去に伴う遺産の分配の件が、概ね片づきそうだとあった。この件を通して昌行は、祖母の光江からの谷中家三代に及んだ確執と齟齬の一端を垣間見ていた。光江は、二人目の妻として谷中家に嫁いできた。祖父・幸太郎には、既に第一子の政純があったが、「跡取り」として育てられたのは、政純の弟である義和だった。そのためか、政純の娘である川上聡子から、政純の死去に際しては、「本家」である義和たちに納骨を取り仕切ってほしいと要求してきたのだ。
その聡子は、今度は美津子の遺産分配に際しても、躓きの石となるところだった。一旦は相続を放棄するとしたのを翻したことで、手続きが全体として大幅に遅れていたのである。そのことで聡子は顰蹙を買うことになったのだが、むしろ昌行は、聡子に哀れを感じていたのだった。聡子の父・政純と母・敬子が離婚したのがいつなのか、昌行は知らなかったのであるが、政純の死去に際しての聡子と敬子の立ち振舞は、聡子が恵まれた人生を送ったのではないだろうことを思わせるのには十分だったからである。もちろん、それぞれに別の人生を歩んでいる。今さら、何かができるものではないだろう。しかしながら昌行は、せめて今だけでも、聡子の幸福を念じてやりたいと思ったのだった。
その後、フィンランドでのオープンダイアローグの視察と研修を終えていた雅実は、6月末に帰国してすぐさま、その成果を「しずく」に活かそうと動き始めていた。
「昌行さん、オープンダイアローグのガイドラインをまとめてみたの。読んでいただけないかしら。由紀江ちゃんはこれでいいって言ってたけど、私、昌行さんに読んでもらいたいの」
「ごめん、ちょっと2~3日は手が離せそうにないんだ。由紀江さんがいいって言うなら、もうそれでいいと思うけどな」
「昌行さんに読んでもらいたいのに。一体、何をしてるっていうの?」
「内緒」
「もう、いつもそうなんだから!」
「実はね、小説書いてみてるんだ」
「ええ? いつから書いてたの?」
「うん、母たちと引っ越しについてのやり取りが落ち着いた頃かな。きっかけの一つは、羽場さんが撃たれたことなんだけどね」
「じゃあ、一年近く前ってことかしら」
「そうだね。あの頃から、『宗教二世』って世間で言われ始めてて、それが桐華教会や朋友党への批判になるってぼくは言ってたでしょ?」
「そうだけど・・・、わからないわ。それでどうして小説を書くってなったの?」
怪訝な面持ちの雅実を制して、昌行はその「小説」で目指そうとしている所を語り始めた――。
* * *
おそらく次回で、全話の完結を見ることとなるはずです。お読みくださいまして、ありがとうございました。完結後は、「あとがき」を書く予定です。それではまた!