創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作シリーズ「熾火」PDF版(02)

創作「熾火」 1998年10月(2) 正直なところ、昌行は月にいくらを返済をしているのか、そのためにどれくらいの売上げが必要であるのかを、昌行は知らずに過ごしていた。より正確には、知ろうとしてはなかったというべきであろう。この日昌行が用立てた10万円…

創作シリーズ「熾火」PDF版(01)

創作「熾火」 1998年10月(1) まだ夜も明け切っていない頃、疲れの取れない身体を持て余していた昌行は、このまま起きてしまおうかと考えていた。すると、部屋のドアを誰かが叩いたような気がした。その音の主は、父の義和だった。 「明日までに今月分の返…

【ごあいさつ】「『熾火』創作ノート」、始めます。

こんにちは。 一旦5月3日(金)付けで「完結」を見た創作シリーズ「熾火」ですが、今日以降については、販売をめざしてファイル形式と文章を整えていこうと思います。何でも、PDF化されたファイルを経由して、紙の本と電子書籍との両方を発行できるサービス…

創作「見えない隣人~新・熾火」あとがき

2024年――。還暦を迎えたこの年の、この日5月3日。不意に思い立って起筆した小説「の・ようなもの」を、一年ほどを経て、完結させることができました。私は毎年、この5月3日をある感慨をもって迎えているのですが、その意義ある日に完結をみたことに、不思議…

創作「見えない隣人~新・熾火:エピローグ」(完)

「ぼくがね、」 昌行は雅実に対して、自身がなぜ小説という表現形態を選んだのかについて語り始めた。 「その頃はまだ小説という形を意識してはいなかったんだ。ただ、両親のことを何等かの形で書き残す必要があると思ったんだよ。つまりね――」 父・義和は、…

創作「見えない隣人~新・熾火:エピローグ」(02)

2023年6月――。昌行の携帯電話に、弟・滋からのメッセージが入っていた。おばの田中美津子死去に伴う遺産の分配の件が、概ね片づきそうだとあった。この件を通して昌行は、祖母の光江からの谷中家三代に及んだ確執と齟齬の一端を垣間見ていた。光江は、二人目…

創作「見えない隣人~新・熾火:エピローグ」(01)

「フィンランド?」 「そうよ、昌行さん」 雅実から持ちかけられていた相談事を、由紀江はつい昌行にも漏らしてしまった。2023年6月に、オープンダイアローグ発祥の地・フィンランドへの視察と研修が行われることを聞きつけた雅実は、参加について先に由紀江…

創作「見えない隣人~新・熾火:第五話」(02)

投開票日を明後日に控えた第26回参議院議員通常選挙の演説中、民主憲政党所属の羽場孝蔵元首相が銃撃され、搬送先の病院で帰らぬ人となった。2022年7月8日金曜日17時3分のことである。 「正直なところ、羽場が重ねてきた悪行の報いだと、つい思ったんだよね…

創作「見えない隣人~新・熾火:第五話」(01)

2019年4月に平成が終わると、5月1日から「令和」が始まった。昭和の終わりに際しての、陰鬱な自粛ムードを知っている昌行は、その朝、清々しさのようなものを感じたことに戸惑っていた。この代替わりは、時代を画するものなのだろうか。昌行はそうした疑問を…

創作「見えない隣人~新・熾火:第四話」(02)

1月14日の朝、目を覚ましためぐみの傍らには、由紀江と英、それに吉岡啓があった。 「薬を全部飲んだとしても、それで死んじゃうことはないのに」 安堵した啓がめぐみに語ったのを聞いていた英は、手をつないだまま、啓につぶやいた。 「ひらくちゃん、お母…

創作「見えない隣人~新・熾火:第四話」(01)

東日本大震災から三か月が経った2011年6月、中井由紀江に促されるようにして、須藤めぐみは「しずく」の見学に訪れた。9月には4歳になるという英(すぐる)の母のめぐみは、産後の不調が長引いたものと考えていた。 2003年に高校を卒業しためぐみは通学制の…

創作「見えない隣人~新・熾火:第三話」(05)

桐華教会の「強固な組織力」に支えられた朋友党は、結党以来、常に一定の存在感を示してきた。しかし昌行は、そのような朋友党理解を苦々しく感じていた。つまり、朋友党は一枚岩の組織政党などではない。「組織」「組織票」としてのみ朋友党が理解されてい…

創作「見えない隣人~新・熾火:第三話」(04)

2014年から2019年にかけて、須藤めぐみがODを起こしたのに続いて離婚に至ったこと、昌行を通して垣間見えた「政治と宗教」の問題、そしてコロナ禍と、深刻な存立の危機が次々に「しずく」を襲った。しかしそれらを、再結束の契機として捉え返すことを常に訴…

創作「見えない隣人~新・熾火:第三話」(03)

当時の夫・斉木和正と共に神奈川へ転居してきた千々和雅実は、フリースクール「ステップ」に職を得た。既に在職していた中井由紀江と、雅美はすぐに打ち解けた間柄となった。2004年、うつ病を悪化させた和正の自殺企図をきっかけに、雅実は精神衛生に強く関…

創作「見えない隣人~新・熾火:第三話」(02)

前夫・須藤正樹との離婚が成立し、めぐみと英はその呪縛から解放されたと言ってもよかろう。めぐみが「しずく」に参加して4年が過ぎた2015年、めぐみは31歳、英は10歳になっていた。由紀江と雅実は、めぐみのケアによく当たっていたが、彼女に落とされていた…

創作「見えない隣人~新・熾火:第三話」(01)

《ミューズ》を名乗った須藤めぐみが当事者会の「しずく」に参加した2011年6月から、早くも11年が経った2022年、息子の英(すぐる)は17歳に成長していた。 「英くん、高校卒業したらどうするの? 何がしたい?」 英は、由紀江と雅実を中核とするフリースク…

創作「見えない隣人~新・熾火:第二話」(05)

父・義和が逝いた時に駆けつけた三人のおじ・おばのうち、二人は病床にあり、もう一人は既に亡い。転居問題に際して、意見に齟齬があったとはいえ、母の峰子は健在で、非常にしばしば桐華教会の地域の集会に参加できていることは、感謝すべきことなのだろう…

創作「見えない隣人~新・熾火:第二話」(04)

千々和雅実の実り多いフィンランド研修が終わった頃、田中美津子からの遺産相続に関する問題も、あらかた決着を見ていた。この件を委任されていた山永司法書士とのやり取りを一手に引き受けていたのは、昌行の弟・滋であったが、そのやり取りの中で否応なく…

創作「見えない隣人~新・熾火:第二話」(03)

「あのね、」 口調こそ穏やかそうであったが、昌行が語ろうとしていることには、一種の不快感を伴っているだろうことを、雅実は見逃していなかった。 「宗教学者にさ、島崎裕之っているでしょ」 「いるよね」 「彼がね、『親が桐華教会』って本を出している…

創作「見えない隣人~新・熾火:第二話」(02)

「雅実さん、『しずく』の中には、性的被害を受けてるとか、あと、宗教虐待を受けてたって人はいるのかな?」 「どうだろうね、いるかもしれないけど、なかなか口にはできないと思うよ」 「そっか、そうだろうなあ」 「昌行さん、何でまた急に」 「うん、実…

創作「見えない隣人~新・熾火:第二話」(01)

今までは、春だけでも早春とか晩春、夏にも初夏や盛夏といった、細やかな変化があったのに、そうした変化に乏しくなると共に、年々春や秋が短くなると昌行は感じていた。これが気候変動なのかと感じながら、昌行はブログの原稿を用意していた。昨夏行われた…

創作「見えない隣人~新・熾火:第一話」(05)

実父や前夫であった政純の納骨を、政純の弟である義和を「本家」と言って押しつけようとしている昌行のいとこ・聡子、その母の敬子、祖母のヨシ。口数が少ないままの義和。昌行はいたたまれなかった。厚顔とはこのことだ。故人を何だと思っているんだ。 さら…

創作「見えない隣人~新・熾火:第一話」(04)

タニナカベーカリーの創業者である昌行の父・義和は、谷中幸太郎と光江の間に生まれた。その義和には、兄の政純の他に、3人の弟と2人の妹があった。そのうち、弟の谷中雄造はベーカリーの2号店を政純とともに営んでいた。子ども好きの雄造は、昌行ら兄妹たち…

創作「見えない隣人~新・熾火:第一話」(03)

谷中家の隣区への転居騒動は、結局は峰子と昇の二人でということで落ち着いた。橋本医師に出してもらっていた診断書は、提出には及ばず、昌行の現行の住民票のみの送付で事足りることとなった。 この転居についての言い合いがあった翌日、昇からの連絡が昌行…

創作「見えない隣人~新・熾火:第一話」(02)

昌行が、転居を実質拒否するために診断書を取ろうとしていたことには、もう一つ理由があった。それは、転居先として予定していた公営住宅が3人用の住居であったことだ。つまり、ここには「3人」でないと入居できないと聞いているのだ。なので、いっとき峰子…

創作「見えない隣人~新・熾火:第一話」(01)

公営住宅の当選を引き当てた谷中峰子は、次男の昇とともに、慌ただしく隣区へと転出しようとしていた。2023年2月末のことである。この転出にあたり、峰子は長男の昌行にも同居を打診していた。しかし、15年以上も別々に暮らしてきていた同士が、急に生活を共…

「見えない隣人~新・熾火」、スタートします。

こんにちは。 昨日(24/03/24)お知らせを書きましたが、連続創作の「熾火」シリーズについての続編に当たる文章を書き連ねていこうと思い立ちました。例によって、「書きながら考える」ので、終着点がどこになるかわかりませんが、この「新・熾火」では、谷…

お知らせ(24/03/24)

こんにちは。 1月にお知らせしたように、noteに「熾火」三部作を微調整をした上で転載しています。ペースがちょっと鈍くて、現在「熾火Ⅱ」に入ったばかりのところです。こちらは随時継続してまいります。 それとは別に、連作「見えない隣人~新・熾火」の掲…

お知らせ(24/01/08)

こんにちは。 24/01/07より、「熾火」(01)より順次noteに掲載してまいります。基本的には、毎日一回分を公開していく予定です。また、価格を設定してありますので、ご支援・応援をしていただけます方は、クリックの上で手続きを進めてくださいますと幸いで…

ごあいさつ(新・固定記事)

こんにちは。 「連続創作」として、7月13日より10月18日まで「熾火」3部作を断続的に投稿していました。その投稿が一段落して以来、早くも2か月弱になろうとしています。書きたい主題は、ほぼ内定していたのですが、踏み出せないままでいました(Kindle化や…