創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅱ」(06)

こんにちは。連続創作「熾火Ⅱ」の(06)をお届けします。「熾火」では一度再会した雅実と昌行でしたが、再び2人はすれ違うことになりました。その後で、この2人はどうなっていくのでしょうか?

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 夫の斉木和正が雅実の元を去った2007年から、早くも2年が経とうとしていた。雅実は敢えて、フリースクールの職に没頭するように努めている。そのことで雅実は斉木との生活を振り切ろうとしていたのだった。このスクールで勤務も、1999年以来、そろそろ10年近くになろうとしている。もはや雅実は、スクール外での市民グループ等にあっても名の通る存在であった。

 そんな2008年の年度末、雅実はかつて同僚だった中井由紀江から、プリントの束を手渡された。

 「雅実ちゃん。昔、一緒に飯田橋でカウンセリングの勉強しに行ってたじゃない。これ、ちょっと読んでみない?」

 「何よ、急に。一体どういうこと?」

 「もう更新されてないみたいなんだけどね、この『ロジャーズのいざない』ってブログ、心当たりあるんじゃないかなあ。雅実ちゃん、大学の先輩に偶然会ったって言ってたじゃん。たまたま見つけたんだけどさぁ、その先輩さんじゃないかなあって思うの」

 「そんなことって、あるのかなあ。だって、もう6年も前のことだよ」

 「いいからいいから、読んでみようよ」

 由紀江から渡されたプリントの束の主は、「ウサギの角」と名乗っていた。その主は、カウンセリングの講習に参加した経緯や、大学の後輩に出会ったこと、再会を期待していたが2004年には会えなかったことを綴っており、その時点からは更新が滞っているようだった。でも、きっと谷中さんだ。雅実には、そうとしか思えなかった。

 しばらくは年度替わりの忙しさに流されていた雅実であったが、ブログの主である「ウサギの角」氏にメールを書いてみようと思ったのは、その年の夏、つまり2009年7月のことであった。

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謹啓、ウサギの角さま。このメールがお手元に届くことを願いつつ書いています。また、突然にお便り差し上げます非礼をお許しください。

私はフリースクールで講師をしているMasamiと申します。このブログは、偶然知人から教わりました。読み進めていくうちに、懐かしさで心がほどけてまいりました。ウサギの角さま、思い違いでなければ、あなた様は私の大学の先輩なのではないかと、私には確信のようなものがあるのです。そうであることを、心から願っています。返信先に、私のアドレスを設定しておきました。よろしければ、ご返信を賜ることができればと思っています。お待ちしております。かしこ。

Masami

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 幸いにもこのブログは、フリーのメールアドレスで開設されていた。昌行が利用しているプロバイダは何度か変更されていたものの、彼はこのメールアドレスを常用していた。ブログは更新こそ停止されていたが、「おひさしぶりです」とのタイトルがついたこのメールが昌行の目に止まった。

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今回はここまでといたします。最後までお読みくださり、ありがとうございました。それではまた!