創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「見えない隣人~新・熾火:第五話」(01)

 

2019年4月に平成が終わると、5月1日から「令和」が始まった。昭和の終わりに際しての、陰鬱な自粛ムードを知っている昌行は、その朝、清々しさのようなものを感じたことに戸惑っていた。この代替わりは、時代を画するものなのだろうか。昌行はそうした疑問を感じずにはいられなかった。

翌2020年には、昌行の生活圏の近くにも、世界的な流行をしていた新型コロナウイルス感染症の影響が及ぶようになった。徒歩20分ほどにある病院内での集団感染が報じられたのである。また、これと前後して、参加を予定していたトークイベントや、WRAP(ラップ)講習などが次々に無期の延期となった。外出時にはマスクの着用が欠かせないものとなり、人々の間には互いに対する猜疑心が広がっていった。この頃になると、フリースクールの「ステップ」や、当事者会の「しずく」も、対面での授業や会合を自粛するようになっていく。こうした状況下にあっては、オンラインでの会合や授業に切り替えていったのは、やむを得ない流れだったと言えよう。

この当時から既に、人々は誰ともなく「コロナ禍」という凶々しい呼び方で、この危機的状況を語っていた。しかしその爪痕については、今もって正確に捉えられているとは言えない。万が一にでもこの事態が忘却の波に洗われてしまったなら、われわれの子どもたちは、再び災厄に襲われることになってしまうだろう。私たちは、今こそ「記憶する」闘いを始めるべきであろう。

コロナ禍による自粛が、もはや常態化してしまったかのような2021年11月、昌行の部屋を訪ねてきた雅実は、気色ばんで語りかけた。

「昌行さん、こんなポスターが貼ってあったの。見て」

雅実のスマートフォンに収められていた柔らかい色調のイラストのポスターには「憲法改正の主役はあなたです/さあ、みんなで考えよう」と綴られていた。羽場孝蔵内閣時に官房長官を努めていた須田正臣が首相を務めた後を、野口幸太郎が引き継いだのが2011年9月のことだった。強引な政治手法が批判された羽場と、その「番頭」だった須田と続いた後の野口は、どちらかと言えばソフトな印象を与えているものと昌行には思われていた。しかし、雅実が撮影したポスターの写真を見て、昌行は眉をひそめた。

「雅実さん。野口さん、本気で憲法を変えようとしてるよ。気をつけないと。朋友党と桐華教会がどう反応するかだね」

「そうね。私も気をつけてるね」

翌2022年7月に予定されている参院選については、各党とも既に臨戦態勢に入っている。このポスターも、そうした一環には違いないだろうが、昌行は野口内閣の「本気度」を垣間見た思いがしたのであった。

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今回から「第五話」として公開をしてまいります。この第五話か、場合によっては「次」が最終話となるはずです。どうぞよろしくお願いいたします。お読みくださいまして、ありがとうございました。それではまた!