創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「見えない隣人~新・熾火:第三話」(03)

 

当時の夫・斉木和正と共に神奈川へ転居してきた千々和雅実は、フリースクール「ステップ」に職を得た。既に在職していた中井由紀江と、雅美はすぐに打ち解けた間柄となった。2004年、うつ病を悪化させた和正の自殺企図をきっかけに、雅実は精神衛生に強く関心を持つようになる。

谷中昌行と雅実は、2002年度の産業カウンセラー養成講座で偶然の再会を果たしていたが、そのことを聞き及んでいた中井由紀江の強い促しによって、2010年2月に二人は再度の再会に至った。この時までに、雅実は由紀江とともに精神疾患の当事者会を新規に立ち上げることを決めており、昌行に接したことで、彼をその当事者会に招き入れることを決めていた。

2010年6月に、雅実と由紀江、それに昌行を交えた三人は、当事者会を「しずく」と命名し、10月から稼働させることを決めた。その「しずく」には、新田壮介、吉岡啓らが順次集うようになっていた。

2011年3月には東日本大震災があったものの、「しずく」のメンバーたちはむしろ励ましを重ね合うことで結束し、これをよく耐えていき、さらに6月には須藤めぐみも加わっていた。

こうして順調のように見えていた「しずく」であったが、2014年から翌年にかけて、須藤めぐみが夫・正樹からの精神的DVをきっかけとした薬物の過剰摂取と救急搬送された後に離婚するに及んで、会のメンバーには不安が募るようになっていった。一方では、会の外側でも、2015年には安保法制を巡る国会デモ、2016年にはトランプ氏がアメリカ大統領として当選するなど、さまざまに不安定化の要因が続いていった。

桐華教会を信奉していることを親しい友人に対して明かしていた昌行は、安保法制デモが熱を帯びるようになると、痛切な切なさを感じるようになっていた。桐華教会が支援している朋友党は政権与党としてこの法案を支持したのだが、平和と福祉を掲げて結党した朋友党がこの法案を支持するのはそぐわないと彼は考えていたからである。昌行がこうした苦悩を抱えていたことも、「しずく」の成員の間の遠心力として作用した。

さらに2019年末からのいわゆる「コロナ禍」は、「しずく」に追い撃ちを加えることとなった。「しずく」の対面開催が自粛されたことはもちろん、由紀江と雅実が在勤していたフリースクール「ステップ」も、2021年9月まではオンラインでの授業という対応を強いられていた。その結果「しずく」の対面での活動は、実質的休止の状況に追いやられることになったのである。

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(03)はここまでです。お読みくださいまして、ありがとうございました。次回の(04)をお待ちください。それではまた!