創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「見えない隣人~新・熾火:第四話」(02)

 

1月14日の朝、目を覚ましためぐみの傍らには、由紀江と英、それに吉岡啓があった。

「薬を全部飲んだとしても、それで死んじゃうことはないのに」

安堵した啓がめぐみに語ったのを聞いていた英は、手をつないだまま、啓につぶやいた。

「ひらくちゃん、お母さんを嫌いにならないで・・・」

その言葉に、啓は胸を突かれた。

この頃になってようやく、めぐみは須藤正樹との関係を清算しようと決心した。二人の離婚が成立したのは、2015年11月のことである。

めぐみの一件では、動揺して「しずく」を離れていったメンバーもあった。これを受けた由紀江と雅実は、当面の間は「しずく」を堅実に運営していくことで意見の一致を見ていた。

一方で吉岡啓は、めぐみを守るためには、他ならぬこの自分に「力」が必要なのだとの意を強くしていた。大学在学中に発症し、「しずく」に参加するまでの約10年間、アルバイトを転々としながら心理と福祉を学んでいたため、支援職を指向してはいたのだが、通信制の大学院へ進学を決意したのは、めぐみの一件があったからである。2017年3月に大学院を修了した啓は、一年の実習を経た後に、2018年秋の臨床心理士試験に臨んだ。

めぐみの誕生会を兼ねた啓の慰労会を発案したのは、11歳になっていた英だった。「ステップ」の一室で、めぐみや啓、英たちは笑顔に包まれた。

「めぐみちゃん、お誕生日おめでとう」

「ありがとうございます、由紀江さん。あ、啓さん、おつかれさまでした」

「ありがとうございます。いや、やるべきことは、できたかなと思うんですよね」

「そうなんだ、すごいじゃない。で、資格を取ったあとの進路は決めているの?」

「由紀江さんが認めてくれたらなんですが、『ステップ』でスクール・カウンセラーをさせていただけないかと思ってます」

「そうしたいんだけど、経営がねえ・・・。でも、私もツテを当たってみてるのよ」

「いやあ、ありがとうございます」

須藤正樹との縁を切っためぐみと英は、確かに回復の道を歩んでいた。しかしそれは、めぐみたちが試験に臨もうとしていた啓を積極的に支え、関わっていたことを介してのことだったと言えよう。人のために明かりを灯すことは、自らも照らすこととなる。啓もまた、そのことを体感していた。

「平成の最後に間に合ったなあって思うんですよね」

「ああ、そう言えばそうだよね。啓さんの誕生日には、新しい元号になってるんじゃないかな」

「そうなんでしたっけ」

昌行に応えた啓は、それはそれで悪くはないなと思ったのだった。

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「第四話」はここまでです。次からは、少し長い「最終話」として書くことになりそうです。お読みくださいまして、ありがとうございました。それではまた!