創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「見えない隣人~新・熾火:第一話」(03)

 

谷中家の隣区への転居騒動は、結局は峰子と昇の二人でということで落ち着いた。橋本医師に出してもらっていた診断書は、提出には及ばず、昌行の現行の住民票のみの送付で事足りることとなった。

この転居についての言い合いがあった翌日、昇からの連絡が昌行にあった。父・義和の妹の田中美津子が、2022年12月に死去していたという。

「みっちゃんの旦那さんも、もう死んでるんだって。それで、オレに遺産を相続することになるって、山永さんって司法書士さんから郵便が届いていたんだよ」

美津子さん、相続者に昇を指名したのかと昌行は思った。しかし同等の郵便物は、昌行のポストにも届いていた。

田中美津子と夫の伸之との間には子はなかった。伸之はすでに亡く、子もなかったので、美津子の資産は、その兄弟たちに相続されることとなった。しかし、その相続を受ける一人の義和は死去しているので、その権利は、実子である昌行たち兄弟に移ったということなのだ。しかしながら、義和の妻である峰子には、その権限はないということになる。肝心な部分には、残念ながら昇の理解は及んでいなかったんだなと、昌行は思った。

義和に相続されるべき資産は、昌行・昇・咲恵・滋の四人で等分されることが、書面として同封されていたのだが、すでに生活保護を受けている昌行と昇が相続をするとなると、その分を行政側に返納しなければならない。最悪の場合、相続をした結果として、生活保護の受給が停止してしまうことも想定されたのである。滋はその点を慮って、山永に既に相談をしていた。結果的に昌行と昇については、相続を放棄することで話が落ち着いていた。

山永宛てに書類を返送してしばらくが過ぎた2023年2月、山永から再度レターパックが届いた。一旦は相続放棄を申し出ていた、いとこの川上聡子が前言を翻して相続を申し立てたとのことである。これによって、全体の配分比率が再度変更されたので、諸手続きに必要な書類を再送してほしいということだった。今さら相続を申し立てるなんて、厚かましい奴だなと昌行は思った。

川上聡子は、義和の兄・政純の娘であった。この政純も既に死去しているので、政純が受ける分を、娘の聡子が相続することになる。一回は相続を放棄すると聡子は申し出ていたようだが、聡子は前言を撤回したのだった。

相続を放棄するという返事さえもが、かなり遅れていたのだが、この相続放棄の撤回で、手続きは全体として、さらに滞ることになる。山永としては、美津子の入院費用や介護費用やらを精算した上での相続手続きを円滑に進めていきたいと考えていた。美津子が入院していた病院などからも、再三督促されていたのだという。しかし、聡子の返事が遅れたり変更されたりしたことで、山永の想定以上に時間をロスすることになったのだ。またあいつは迷惑をかけるのか。昌行はそう考えざるを得なかった。

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