創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火」(14)

こんにちは。連続創作「熾火」の(14)をお届けします。前回まででは、義和の入院中の様子も書いてみたところです。果たして・・・?

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 心臓疾患の手術のために入院した谷中義和を、妻の峰子は頻繁に見舞っていた。2007年8月4日には、峰子や入院中の昇以外の子らの計4人が呼び出されたが、その時は幸い大事には至らずに済んだ。手術の日取りがなかなか決まらないようだったが、峰子が義和を訪ねている間、2人は静謐な時間を共有していたに違いない。

 8月15日の午後、病院にあった峰子から、急な連絡があった。昇や義和の弟妹たちも連れて来るように言われているとの用件だった。4日のこともあったので、今回は昇に病院から外泊の許可が下りていた。4人の子らと、義和の弟・秀明、妹の美津子と芳恵らの全員が揃ったのはその日の深夜だった。その日から、当番を決めて義和の入院先で誰かが寝泊まりすることを皆で決めた。

 「奥様とお子様にご説明いたしますので、部屋を移ってくださいますか。」

 担当医からの申し出があったのは、8月17日の21時頃だったはずだ。義和はいま、集中治療室に入っている。開胸したが、心臓が半分以上壊死していた。手術は無事に済んではいるが、あとはご本人次第だと執刀医が語った。予定を繰り上げた、緊急の手術だったらしい。

 この席上でも滋が沈黙を破った。「あの、『ブラックジャック』みたいに直接心臓を握ってマッサージするってどうなんですかね。」

 担当医の顔が若干曇ったように昌行には思われた。しかし、滋は真剣に聞いていることを昌行は理解していた。峰子からも言葉がない。このままでは散会になってしまうが、まだ肝心なことが話されていなかった。昌行は意を決して、その場を引き取るように担当医に尋ねた。

 「要するに、どうなれば父は生還して、どうなると死亡ってことになるんでしょうか。」

 さすがにこれは峰子から聞かせるわけにはいかない。これは自分の役割だ。昌行には、そう確信されていた。

 「夜が明けるとご家族の皆さんが集中治療室に入れるようになります。朝7時です。その時に目を覚まされていたら・・・。」

 そうなのか。やはり自分が口火を切ったことが正解だったと、昌行は確信を深めた。

 あと9時間は長いなと、その時皆が思っただろうが、そう口にするものはいなかった。交代で寝泊まりするようになって既に3日めなので、皆が疲労し始めていた。口数の少なくなった滋の前で、努めて明るく振る舞おうとしていた秀明や美津子にも、困惑の表情が浮かんでいた。

 「コンビニでおにぎり買ってくるわ。お腹空いてるでしょう。」

 美津子が言ってくれた。深夜3時だった。

 「みんな、食べないとだめよ。」と、美津子は続けた。

 外の様子がわからなかったので、今が何時頃なのかは時計の表示だけが頼りだった。そして8月18日の午前7時が谷中家の人びとに訪れ、集中治療室に招き入れられた。

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今回はここまでとします。お読みくださいまして、ありがとうございました。それではまた!

 

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