創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「見えない隣人~新・熾火:エピローグ」(02)

 

2023年6月――。昌行の携帯電話に、弟・滋からのメッセージが入っていた。おばの田中美津子死去に伴う遺産の分配の件が、概ね片づきそうだとあった。この件を通して昌行は、祖母の光江からの谷中家三代に及んだ確執と齟齬の一端を垣間見ていた。光江は、二人目の妻として谷中家に嫁いできた。祖父・幸太郎には、既に第一子の政純があったが、「跡取り」として育てられたのは、政純の弟である義和だった。そのためか、政純の娘である川上聡子から、政純の死去に際しては、「本家」である義和たちに納骨を取り仕切ってほしいと要求してきたのだ。

その聡子は、今度は美津子の遺産分配に際しても、躓きの石となるところだった。一旦は相続を放棄するとしたのを翻したことで、手続きが全体として大幅に遅れていたのである。そのことで聡子は顰蹙を買うことになったのだが、むしろ昌行は、聡子に哀れを感じていたのだった。聡子の父・政純と母・敬子が離婚したのがいつなのか、昌行は知らなかったのであるが、政純の死去に際しての聡子と敬子の立ち振舞は、聡子が恵まれた人生を送ったのではないだろうことを思わせるのには十分だったからである。もちろん、それぞれに別の人生を歩んでいる。今さら、何かができるものではないだろう。しかしながら昌行は、せめて今だけでも、聡子の幸福を念じてやりたいと思ったのだった。

その後、フィンランドでのオープンダイアローグの視察と研修を終えていた雅実は、6月末に帰国してすぐさま、その成果を「しずく」に活かそうと動き始めていた。

「昌行さん、オープンダイアローグのガイドラインをまとめてみたの。読んでいただけないかしら。由紀江ちゃんはこれでいいって言ってたけど、私、昌行さんに読んでもらいたいの」

「ごめん、ちょっと2~3日は手が離せそうにないんだ。由紀江さんがいいって言うなら、もうそれでいいと思うけどな」

「昌行さんに読んでもらいたいのに。一体、何をしてるっていうの?」

「内緒」

「もう、いつもそうなんだから!」

「実はね、小説書いてみてるんだ」

「ええ? いつから書いてたの?」

「うん、母たちと引っ越しについてのやり取りが落ち着いた頃かな。きっかけの一つは、羽場さんが撃たれたことなんだけどね」

「じゃあ、一年近く前ってことかしら」

「そうだね。あの頃から、『宗教二世』って世間で言われ始めてて、それが桐華教会や朋友党への批判になるってぼくは言ってたでしょ?」

「そうだけど・・・、わからないわ。それでどうして小説を書くってなったの?」

怪訝な面持ちの雅実を制して、昌行はその「小説」で目指そうとしている所を語り始めた――。

*        *        *

おそらく次回で、全話の完結を見ることとなるはずです。お読みくださいまして、ありがとうございました。完結後は、「あとがき」を書く予定です。それではまた!