創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅱ」(09)

 

こんにちは。連続創作「熾火Ⅱ」の(09)をお届けします。2009年7月から年末にかけて、雅実と昌行はメールを交わし合っていました。やがて雅実から、ビデオ通話をしないかとの申し出がありました。

          ◇       ◇       ◇

 雅実と昌行とは、互いに数回ずつのメールを送り合い、アルバイト時代の昔話に花を咲かせたり、近況を語り合ったりしていた。雅実はフリースクールの業務上、ビデオ通話を日常的に利用していたので、昌行とのやり取りに使ってみたいと申し出た。パソコン系のコールセンター業務を勤めていた昌行は、幸いにもこのような方面についても明るかったので、興味本位で快諾してみせたものの、実際に通話を試みることになったのは年末のことだった。

 設定を済ませた旨を雅実に伝えた昌行は、ビデオ通話ソフトのスカイコールにサインアップして、雅実のコールネームを入力し、コンタクトが承認されるのを待っていた。

          *       *       *

Masami>こんばんは! コンタクトありがとうございます!
Usagi>こんばんはー
Masami>Usagiさんなんですね(笑)
Usagi>うん。今日はよろしくお願いしますね。
Masami>はーい。今日はビデオ試してみますか?
Usagi>そうですね、お願いしていいですか?
Masami>設定は済んでいますか?
Usagi>テストしたら、ちゃんとカメラも認識してました。
Masami>じゃあ、できそうですね!
Masami>赤いボタンを押せば、私の顔と声がそっちに届きます。でわでわ!

          *       *       *

 コールボタンをクリックした雅実は、昌行が反応するのを待った。やがてディスプレイに互いが表示され、スピーカーからは声がするようになった。表情と声を確認したのは、もう6年以上が過ぎてしまっていた。

 「ふふ、今日はおめかししてるんですよ」

 「そんなことしなくてもいいのに」

 「えー、そこはお礼を言ってほしいのに!」

 この再会までの間、昌行は祖母と父に逝かれ、タニナカビルからは撤退して家族は生活保護を受けるようになっていた。弟・昇の統合失調症ともども、昌行のうつ病は一進一退を繰り返している。一方で雅実も、夫の斉木が自死を試みた後に離縁するということがあった。しかしこうしてインターネットを介して再会してみると、互いが風雪によく耐え忍んだことが確認されることとなった。言わばある種の連帯感が、既に生まれていたのだった。

 「千々和さん、お元気そうで何より。うれしいです」

 「谷中さんも、思ってたよりずっと元気そう。よかった」

 「こんな機会を作ってくれてありがとね。文明の利器だよね」

 「私、仕事でもよく使ってますから。今日はお話ししたいことがたくさんあって」

 「何だろう、緊張しちゃうな。お手柔らかにね」

 「もう!」

 2人には、6年の隔たりが感じられなかっただけではない。栄進センターでのアルバイト時代の親密さが蘇っていた。やがて雅実は、この日の「本題」を切り出していった。

          ◇       ◇       ◇

今日はここまでといたします。お読みくださり、ありがとうございました。それではまた!

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①INDEXページ → https://invention2023.hatenablog.jp/index

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③「熾火Ⅱ」全記事アーカイブ → https://invention2023.hatenablog.jp/okibi2

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