こんにちは。連続創作「熾火Ⅱ」の(12)をお届けいたします。雅実は誕生日の返礼として、昌行をコンサートに誘おうとしています。
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「あのね。谷中さんは、クラシックお聴きになりますよね」
「ええ、もっぱらCDですけど、よく聴いてますよ」
「コンサートにお誘いしたいんですけど、私、何を着ていけばいいんでしょう。21日の日曜日、サントリーホールでチャイコフスキーをやるんですんって」
3月始めのビデオ通話で雅実が切り出した。この日までの会話で、昌行には本やCDを買い込んでしまう収集癖があることを、雅実は把握していた。
「ちょっとしたショッピングとか、軽いお出かけの感覚でいいと思うんだけどね。誰の指揮なんだろう」
「インバルさんて言ったと思う。ヴァイオリンは神尾さんですって」
「行く」
昌行の即答ぶりに、雅実は吹き出してしまった。
「私、サントリーホールって初めてなんです。どこで待ち合わせればいいの」
「正面向かって右側に、チケットの窓口があるからその付近でどうかな。いやぁ、楽しみだな。会った時に代金払うから、それまで立て替えててもらっていいかな」
「やだ、お誕生日のお祝いなんだから、そんなこと気にしちゃだめですよ」
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コンサートは熱演だったが、その後、昌行はうつの症状を軽くぶり返してしまった。
「雅実ちゃん、昌行さんのこと、あまり急に引っ張り回しちゃだめよ」
当事者会の打ち合わせに合流することになった、元同僚の中井由紀江から雅実はたしなめられていた。
「斉木さんにできなかったこと、昌行さんにしてあげようとしてないかしら。昌行さんは、斉木さんの替わりじゃないんだからね」
「そんなことないわ。大丈夫、心配しないで」
「ほらほら。あなたの『心配しないで』は、図星だってことなんだから」
「やめてよ」
いかにも心外だという面持ちで雅実は帰宅していったが、心中では穏やかではいられなかった。
* * *
4月も終わりに近づき、やがて連休に入ろうとしていた頃、由紀江は昌行を見舞うメールを書いていた。
Sub:体調はいかがでしょうか?
谷中さま、体調崩されているご様子ですが、お加減はいかがでしょうか。雅実ちゃんがはりきり過ぎて、あちこち引き回してはいないかなと心配していたところです。それを全部受け止める必要はないと思ってます。どうか焦らず、ご無理のない範囲で私たちにおつき合いください。当事者会のことはご心配なさらず、ゆっくり復調なさってくださいね。でも、どうか雅実ちゃんのこと、よろしくお願い申し上げます。余計なおせっかい、失礼いたしました。
中井由紀江 拝
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今回は以上となります。お読みくださり、ありがとうございました。なお、「熾火Ⅱ」は次回配信の(13)とエピローグ、あとがきで完結する運びとなります。今までのご支援を深謝しています。そのあとは、最終編の「熾火Ⅲ」を開始したいと考えています。ご期待ください!
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