創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅱ」エピローグ

 

こんにちは。連続創作「熾火Ⅱ」は、この「エピローグ」で一応終結します。次回は「あとがき」を配信し、その後「熾火Ⅲ」を開始いたします。どうぞよろしくお願いいたします。

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 2010年の年末、慌ただしく過ごしていた雅実の元に、一通の手紙が届いた。それは、雅実が教職に就くことを促したかつての上司・高松陽子の娘からのものだった。高松美恵子は、2011年2月に廣田泰治と晴れて結婚するという。姉のように雅実を慕っていた美恵子からの吉報に対して、雅実は近況をしたためた。

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高松美恵子様。この度の朗報をうれしく拝読いたしました。ご連絡くださって、本当にありがとう。少し長くなるかもしれませんが、私の近況をお伝えしようと思います。

私はお母様の後押しで長崎で教員となり、斉木と結婚をしてからは神奈川に移り住んだことはご承知いただいている通りです。そこでは知人の尽力もあって、フリースクールで職を得ました。仕事は順調でしたが、斉木がうつ病になり、そのことがきっかけとなって、斉木は帰郷することになりました。私は、その心の穴を埋めるかのように仕事に取り組みました。つい最近までのことです。

フリースクールでは、不登校やひきこもりの生徒さんや、そのご家族に関わっていました。スクール外でのおつき合いもあって、私は精神疾患の当事者の方々についても関心を持つようになったんです。そうした時に、大学の先輩と再会しました。その方もうつ病と診察されていたのです。

今、私は親友やその先輩たちのお力を借りて、当事者グループの「しずく」を設立したところです。まだボランティア・グループとして活動していますが、これからはしっかりとした運営をしていきたいと考えています。

私も来年は44歳になりますが、とても充実しています。関東までいらっしゃることがあったら、ぜひお声をかけてくださいね。泰治さんにも、よろしくお伝えください。お式にご招待くださり、ありがとうございました。ぜひ出席させていただきたいと思っています。いろいろお忙しいかと思いますが、ご健康には留意なさって、すてきな式になさってください。私の心は、いつもあなたの側にあります。どうぞお幸せに。

千々和雅実

親愛なる美恵子さまへ。

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 「へぇ、じゃあ、この美恵子さんて、あなたが教職に就くきっかけを作った恩人のお嬢さんなんだね。うれしいでしょう」

 「もちろん。年明けもいろいろあるかと思うけど、来年はいい年にしましょうね」

 昌行とのビデオ通話で、美恵子の結婚のことを雅実は伝えていた。

 当事者会の「しずく」は、10月の開設以来、月1回のミーティングと、不定期のビデオ通話でのミーティングを着実に開いていた。昌行も、スケジュール通りではないものの、地域生活支援センターへの通所を続けていた。しかしながら、服薬の量や種類が減ることはなく、治癒に向かっているとの自覚はなかなかできないでいた。

 昌行の年内最後の通所が済んだ28日夜のビデオ通話で、彼は雅実に語りかけた。

 「ちょっと早いかもしれないけど、今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いしますね」

 「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 「雅実さん、」

 「ん」

 「あ、いや・・・」

 年末年始の喧騒をよそに、2人の間には満ち足りた静寂が流れていた。

(「熾火Ⅱ」完)

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何とか「エピローグ」までたどり着きました。ありがとうございました。近日中に「熾火Ⅲ」の配信を開始いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

なお、「熾火Ⅱ」の全文をお読みになりたい場合は、以下をご参照ください。

→ アーカイブ:「熾火Ⅱ」 - 語り部の憩い

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→ INDEXページ - 連続創作:熾火(おきび)

前段にあたる「熾火」については、以下からご参照ください。

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