創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅱ」(10)

 

こんにちは。連続創作「熾火Ⅱ」も10回目となりました。ご支援いただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。さて、ビデオ通話をするようになった2人ですが、雅実からある提案がされていきます。

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 あなたの力を貸してほしい、あなたを必要としている人がそこにいるから――。

 雅実は昌行に訴えかけた。雅実はフリースクールの教員として、不登校児や学習困難者とその家族たちに接してきていた。その彼女が、スクール外の市民グループとも連携するようになったことは、想像に難くない。また、元の夫であった斉木がうつ病を患っていたことで、やがて精神疾患の当事者グループ、ないし自助グループを志向するようにもなっていた。そこへ現れたのが昌行だったということだ。

 「つまりは、その当事者会のメンバーとして、ぼくを迎えたいってことなんだね」

 「はい。まだいつスタートさせるかとか、具体的なことは何も決まってはいません。でもね、メンタルの病気で部屋にこもってしまうと、よくないことも多いと思うんです。あのね、ピア・サポートとか、ピア・カウンセリングって言うらしいんですよね。病気の当事者同士で支え合うんです」

 「ああ、なるほどねぇ」

 「考えておいてくださいね。無理強いするつもりはないんですけど、谷中さん、きっと向いていると思うんですよね。それはちょっと、自信あるの」

 「それは買いかぶり過ぎなんじゃないかな」

 そうは言っても、昌行には雅実が買ってくれていることがうれしかった。

*       *       *

 2010年が明けた。メールのやり取りが続いていたものの、昌行は返事をするきっかけを捉えそこねていた。父・義和が逝いて、2年半になろうとしている。弟・昇を連れてビデオを借りに出かけたり、散歩をするようなことも少なくなっていた。雅実が言うように、外出をするのにはいい口実かもしれなかった。乗ってみようか――。昌行はメールを書こうと思い立った。

*       *       *

Sub:返事をしたいです。

先日来お誘いをいただいている当事者会の件ですが、そろそろご返事をさしあげたいと考えています。この際ですので、お誘いをお受けしたいと考えるに至りました。また改めて、打ち合わせなどが必要ですよね。ご都合を教えてくだされば、時間を調整します。ご遠慮なくおっしゃってくださいね。

谷中

P.S.ぼくの記憶が確かなら、来月お誕生日じゃなかったですか?

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 その日のうちに、雅実からビデオ通話ソフトのスカイコールでの連絡が入った。時間帯をすり合わせて、昌行たちはパソコンの前で互いを待った。

 「こんばんはー。あれ、どうかしましたか」

 「ずるい。いつから知ってたんですか」

 「え?」

 「誕生日知ってるなんて、今まで言わなかったじゃないですか」

 「あ・・・」

 「ずるいです」

 雅実がいささか声を高揚させていたことは、昌行の思い違いではなかっただろう。その夜は、いつになく会話が弾んだ。果たせるかな、雅実の誕生日の2月22日に、産業カウンセラーの講習を受けていた飯田橋にあるコーヒーショップで再会を約し合い、この日の通話が終えたのだった。

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(10)はここまでで、(11)へ続きます。お読みくださり、ありがとうございました。

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