創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅱ」(13)

 

こんにちは。連続創作「熾火Ⅱ」の(13)をお届けいたします。雅実たちは、精神疾患罹患者たちによる「当事者会」設立に向けて動き始めていました。

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 2010年の梅雨の頃、雅実たちによる当事者会の設立が10月と決まった。この会は、対面で開催するだけではない。ビデオ通話を利用したオンラインでの開催をするというのは、昌行からの発案である。8月、雅実と昌行、由紀江の3人は、これまでを振り返って労いあった。

 「谷中さんが調子崩したとき、一時はどうなるかと思っちゃったけど、何とかここまで来れましたね。よかったぁ、2人ともありがとう。これからもよろしくね」

 「雅実ちゃん、本業との両立がんばったよね。すごいよ」

 「いやぁ、由紀江ちゃんが参加してくれて、心強いな。社労士の試験勉強、たいへんでしょう」

 「あと1年だけどね、がんばるね。でも昌行さんが戻ってくれてよかったぁ」

 「いやいや、オンラインでもやりたいって言ってる以上、責任は取らないとね」

 初年度こそボランティア扱いではあったが、翌2011年度には地域生活支援センターの登録団体となることを目指している。全体としては、目下のところ順調であると言ってよいだろう。

 「ホームページも何とかなりそうだしね。ただ、最近だとSNSでも告知した方がいい感じなんですよ。どうだろう」

 「どうなんだろうね。私も見てみましたけど、アカウントをフォローしてくれてる人たちの書き込み、何だか深刻なものが多いみたいね」

 「中井さん、そうなんですよね。ぼくたちの力で何とかなるってもんじゃなさそうなんだよね」

 昌行は、「しずく」と名乗るこの当事者会のアカウントのフォロワーが、自傷行為やオーバードーズについて、ためらうことなく書き込んでいるのを懸念していた。そうやって、いわば互いの負の引力圏に引き込み合うことが、参加者にとっての悪影響になるのではと考えていたのである。慎重な対応が求められることになろう。3人はしばし沈黙してしまった。

 「あのさ」と、由紀江と雅実が、ほぼ同時に沈黙を破った。

 「またこれからも、ゆっくり考え続けましょうよ。考え続けることが大事だと思うの」

 由紀江がこう続けて、2人はそれに同意した。

 「昌行さんは、体調とメンタル優先をしてくださいね。雅実ちゃん、仲良くするんだからね、うふふ」

 「中井さん、からかわないでくださいよ」と、制するように昌行が言った。

 この頃は、全てが順調だった。一つ一つ課題を洗い出しては、3人で解決を図っていけた。実際、10月に開催した初回の当事者会の本会は少人数の参加ながら盛会だった。昌行は、カウンセラーと主治医の許可を得て、団体登録をする予定の地域生活支援センターに、利用者としても週2回通うようになっていた。そう、「まだ」この頃は順調だったのである。翌年3月の、「あの日」が訪れるまでは――。

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「熾火Ⅱ」の本編はここまでで、残りは「エピローグ」と「あとがき」になります。お読みくださいまして、ありがとうございました。

※ 「熾火Ⅱ」の全体を見る場合には、以下が便利だと思います。

①INDEXページ → https://invention2023.hatenablog.jp/index

②「熾火Ⅱ」の全記事 → https://invention2023.hatenablog.jp/okibi2

③前段にあたる「熾火」はこちら → https://invention2023.hatenablog.jp/okibi