創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅲ」プロローグ

 

こんにちは。連続創作「熾火」シリーズは、いよいよ完結編として予定している「熾火Ⅲ」に入りました。うつ病を患い、福祉のサポートを受けている谷中昌行に、千々和雅実という理解者が現れます。2人は協力して「当事者会」の設立に動きました。

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 2010年、千々和雅実が谷中昌行を誘って開設した当事者会「しずく」は、雅実の同僚だった中井由紀江を加えて、10月の第1回ミーティングに向けての準備を進めつつあった。オフラインでのミーティング開催に先立って、ホームページやSNSのアカウントが準備され、少しずつではあるが、反応も帰ってきていた。

 そんな中でSNSでの目立った反応が、1985年生まれで、当時コンビニ店員を務めていた新田壮介からのものだった。壮介はうつ病と診断されたばかりで、何をどうしたらいいものか全く手探りの状態だったが、偶然にもSNS「コネクト」で、昌明たちのアカウントにたどり着いた。その壮介への最初期の対応は、昌行が担当していた。

 「新田さん、それはお困りでしたね。でも、心配しないで、一つずつ一緒に進めましょう。まずは、通院先を確定しましょうか。もし、どの病院を選べばいいかわからないのであれば、最寄りの保健所にいらっしゃる保健師さんを頼るといいです。あと、自立支援医療という制度があるから、それを利用するよう手配してください」

 「じりつしえん、ですか。それは何なんでしょう」

 「要は、収入に応じて、精神科の医療費が安くなる制度のことです。これも保健師さんに相談するといい」

 「ありがとうございます。調べてみます。谷中さん、ありがとうございました」

 「あと、これは個人的な考えなんですが、同じ通うんなら、メンタルクリニックを探すより、精神科の看板を出している所がいいと思うな」

 「そうなんですね」

 「うん。でもまあ、まずは保健師さんと会ってみてくださいね。また結果を教えてください。待ってますからね。お大事にしてください。お仕事のことは、また今度お話ししましょう」

 「はい、ありがとうございました」

 ビデオ通話ソフトの「スカイコール」では、顔を表示させることはせずに、壮介との音声だけでやりとりを終了させた。昌行は、こうした当事者会の必要性を感じていたものの、それと同時に、この社会が軋み始めている予兆を感じざるを得なかった。20代半ばでアルバイトや派遣といった、非正規での就労が以前よりも増えてきていると感じられること、そして、SNSのタイムラインで頻出するようになったメンタル疾患の当事者たちの書き込み。自分たちが手掛けようとしていることは、むしろ必要とされなくなることこそ望ましいのに、逆にその需要は高くなっているのではないか。昌行たちは、連日議論を交わし合っていた。

 そして10月、第1回のミーティングが開催された。これは実質的には設立総会であったが、ごく小規模の開催だった。そこには、埼玉県から足を運んできた新田壮介の姿もあった。

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第3部の「プロローグ」は、以上といたします。明日以降、順次掲載を進めてまいりますので、今まで同様に、ご支援・ご指導くださいますようお願い申し上げます。お読みくださいまして、ありがとうございました。それではまた!