創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅱ」(11)

 

こんにちは。連続創作「熾火Ⅱ」の(11)をお届けいたします。(10)以降、雅実と昌行は、次第に親密さを増していきます。

◇       ◇       ◇

 「朝はくもっていたけど、晴れてきたね」

 2002年に産業カウンセラー養成講座で出会った時と同じコーヒーショップで、昌行と雅実は待ち合わせた。この日、2010年2月22日は雅実の誕生日だったが、そのことを昌行が知っていたと彼女は考えていなかった。それだけに、昌行がその日を指定してきたことがうれしかった。

 「誕生日って言っても、ぼくの身の上じゃあ、気の利いたことは何もできないんだけどね」

 2006年から生活保護を受給している昌行はそう笑って、一冊の新書を雅実に手渡した。

 「先だって亡くなった河合隼雄さんの『子どもの宇宙』。亡くなったのを期に再読してみたんだ。千々和さんも読むといいと思ってね」

 「ありがとう、うれしい。読んでみますね」

 雅実の誕生日を祝したあと、2人は当事者会の開設に向けて語り合った。

 当事者とは、この場合精神疾患を病む本人を指すものといってよい。つまり、患者本人ということである。患者同士で、病気と自分自身についての理解を深め、互いに支え合い、治療をサポートすることを目的とするのが当事者会だ。雅実はフリースクールに勤めている関係上、不登校やひきこもりの情報に接することが多かったが、その中で、精神疾患一般についての情報に接することもまた多かった。

 そんな中、2004年に夫の斉木が自死を図ったこと、さらに、離婚して今では故郷で静養に当たっていることが重なった。雅実はむしろ、広くこころの問題一般に深くコミットすることを選んできたのだ。斉木が帰郷した2年後、雅実は昌行に、この当事者会への協力を願い出た。

 雅実には、会を立ち上げるという他に、明白な目的がもう一つあった。それは、昌行を会の主要メンバーとして迎え入れることで、その社会性の回復を図ろうというものである。雅実は、そのことについても丁寧に説明を尽くした。

 「千々和さん、お心遣いありがとう。感謝します。ぜひ、ご一緒させてください」

 昌行は改めて協力を約した。

 「ピア・カウンセリングとか、ピア・サポートっていう形でなら、谷中さんがコミットできる余地があると思うんです。いいえ、谷中さんこそ適役だと思うの」

 昌行が、自分の経験を活かしたいとして、産業カウンセラーの講習を選んだことを雅実は知っていた。

 「今日はどうもありがとう。楽しかったです」

 「いえ、こちらこそ長時間・・・。お会いできたことが、何よりの誕生日プレゼントでした。そうそう、谷中さんのお誕生日はいつなんですか? お返ししたいです」

 「お返しいただくことなんて何もしてませんから。実は来月なんですよ、11日」

 「えー! 急いで何か探さないと」

 「だから、何もしなくてもいいって」

 「そんなわけにはいかないですよ」

 「じゃあ・・・」

 「何?」

 「またお会いしてください、ご都合のつく日に」

 「そんなことでいいんですか。何だか申し訳ないなあ。じゃあ、その日は打ち合わせはしないってことにしましょうね」

 雅実の心は弾んでいた。

 「実はね、4月から病院で、カウンセリングを受けることが決まってるんですよ」

 「そうなんですね。じゃあ、こうして外に出かけるようになってることも報告しておいてくださいね」

 別れる直前にこう言葉を交わした昌行には、雅実が理解してくれていることが何よりもうれしく感じられていた。

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【お知らせ】

現在、「下書き」のストックが(13)まであります。その後は「エピローグ」「あとがき」となりそうです。その次からは、「熾火」最終章としての「熾火Ⅲ」を始める予定でいます。どうぞよろしくお願いいたします。

今回は以上といたします。最後までお読みくださり、ありがとうございました。それではまた!