創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅲ」(07)

 

こんにちは。連続創作「熾火Ⅲ」の(07)をお届けいたします。震災後、躁と鬱の波に襲われた昌行ですが、復調して「読書会」がしたいと申し出をしています。

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 読書会を始めたいという昌行の発案は、さしあたっては「しずく」とは独立した形で実施するということに落ち着いていった。

 「昌行さん、何でまた読書会を始めようと思ったの?」

 今回の昌行の発案は、病的な勢いから発したものではないと察した雅実が尋ねた。

 「ああ、それは2つあるんだよね。1つはね、例えば、何人かで映画見たり食事したりすると、ああ、おもしろかったねとか、おいしかったねとか、自然に話したくなるじゃない。読書もそうで、思わずよかったとか、おもしろかったとか、話し合える人間関係っていいなと思うんですよ」

 「うんうん、いいね。で、あと1つってのは何?」

 「それはね、この当事者会とかSNSとか見ててなんだけど、前は読書好きだったんだけど、病気してできなくなっちゃった、イヤになっちゃったって人が一定数いるってことなんだよ」

 「ああ、そうだよねえ」

 「でね、ぼくはいつの頃からなのか、まあそれはブログによると、2006年に『ゲド戦記』が公開されて、それで原作を全部読んだって・・・」

 「え!? 全部読んだの!?」雅実は驚いて、口を挟んでしまう。

 「そう、全巻ね。別巻入れて6冊だったかな。それから、不思議と読めるようになったんだよね。で、そのからくりを言葉にして、シェアできたら、何か役に立ててくれる人がいそうじゃない?」

 雅実は呆気にとられていた。つい先だってまで、躁だの鬱だのと言っていた昌行が、こんなにも伸びやかに自らが欲するところを、活き活きと語っているのだ。確かに誤算なのかもしれないが、それはまさしく、うれしい誤算であった。

 雅実は由紀江と、昌行のこの着想を何とか実現させたいと語り合った。幸い、「しずく」の「準レギュラー」とも言ってよい吉岡、壮介、《ミューズ》こと、須藤めぐみらは、みな昌行の発案を支持してくれていた。

 第1回の開催は、2013年の1月、「しずく」の分科会的に共催するような位置づけとすることが決まった。その検討過程で、昌行はさらにオンラインでの実施も想定したいと語り、さらに周囲を驚かせた。

 「日付を変えれば、オフライン、つまり対面での開催と、オンラインでの開催が並行してできると思います」

 読書会でさえ、まだ未経験だというのに、それをオンラインで実施する。そんなこと、聞いたことがない。雅実と由紀江は躊躇したが、昌行が言葉を継いだ。

 「オンラインの会場に来れない人にこそ、アプローチしたいんです。病気や経済的な要因とか、外に出づらい人に声がかけられればね」

 「う~ん、正直不安はあるけど、少しずつやってみましょうね。で、昌行さん、1冊目には何を選ぶの?」

 「雅実さんには話しちゃってるんだけどね・・・、『ゲド戦記』の第1巻かな」

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今回はここまでといたします。お読みくださいまして、ありがとうございました。それではまた!