創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅲ」(08)

 

こんにちは。連続創作「熾火Ⅲ」の(08)をお届けいたします。対面でだけでなく、オンラインでも読書会を開催したいと昌行が主張します。いよいよその読書会が始まりました。

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 昌行は、対面での読書会の実施と並行して、オンラインでも開催したいと発案していた。ビデオ通話ツールを使えば、全国からの参加が可能になる。会費を徴収しなければ、移動や食事等にかかる費用の節約にもなる。メンタルの病を抱えた人にとって、外出の障壁は少ないに越したことはない。昌行はそう考えていた。

 しかし、読書会というもの自体がまだ一般には知られていないことにを考えると、それをオンラインでしようというのは、いささか時期が早過ぎたのかもしれなかった。「しずく」参加者に限っても、希望者がなかなか集まらなかったのだ。人集めという問題にこそ直面していたが、昌行の士気はいささかも衰えなかった。

 読書会は、原則として月に1回、1冊程度を読み進めていた。昌行はそれとは意識していなかったが、以前就労していたコールセンター運用の企業での経験や、産業カウンセラーの勉強といったことが、特にオンラインでの読書会運営には役に立ったようである。昌行が心がけていたことの一つは、参加者の自発的な発話であった。また、決まった1つの結論を導くのではなく、常に暫定的な意見の集約に留めておき、それにいつでもアクセスしたり修正したりできるようにしておくことだった。

 吉岡啓は、始めの内は恐る恐る参加していた。うつの症状が出るようになってから、吉岡はほとんど読書ができなくなっていたからだ。そして、そのことは、吉岡本人の自己評価を著しく下げてしまっていた。しかし、この読書会に参加したことは、吉岡には大きな刺激となったようである。

 「谷中さん、ぼく、最初はその場にいて聞いているだけでもいいですか? 本を読んで参加はできないと思うんですけど」

 「もちろんそれで構いませんよ。参加だけでも大歓迎です」

 「ありがとうございます。じゃあ、できる限り顔を出すようにしますね」

 果たせるかな、初回の開催で吉岡は何も話さなかった。しかし、「しずく」の席上で、会に参加してよかった、楽しかったと語るようになっていた。

 「ぼくは元々、『ゲド戦記』のようなファンタジー物って、ほとんど読んでないんですよね。それにほら、アニメ映画があまり評判よくなかったじゃないですか。なので、たかを括ってたんですよ。でも、谷中さんのお話しはおもしろかったです。実際に読んでみようかなって思えました。本を読んでみようと思ったのは、病気関係以外のものでは久しぶりでしたからね」

 「それはうれしいなあ、慌てないでいいから、少しずつでも読んでみてくださいよ。もし読み切れなくても、自分がダメだとは思わなくていいんですからね」

 吉岡は、こうして少しずつではあったが、ある種の回復の軌道に乗ったかのようであった。

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今回は以上とさせていただきます。お読みくださいましてありがとうございました。それではまた!