創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅲ」(11)

 

こんにちは。連続創作「熾火Ⅲ」の(11)をお届けいたします。斉木和正の母・美代子と昌行は、不意に出会うこととなりましたが・・・。

◇       ◇       ◇

 「すてきな演奏でしたね。今日は昌行さんとお会いできてよかったわ」

 所与の目的を一つ果たし終えた美代子は、満足げであった。美代子の上京の目的とは、実はスカイツリーでもウィーン・フィルでもなかった。雅実が長崎に帰ってこない理由を確認することこそが目的だったのだ。そして、それは計らずも昌行との出会いで果たされることとなった。

 斉木和正と別れたことを知った後にも、雅実を案ずる美代子の知り合いは何人もいた。雅実が帰郷して、新しい人生の扉が開かれることを願っていた者もいたのだ。しかし美代子には、雅実が帰郷しない、あるいはできない理由があることが直感されていた。その理由を確かめに、美代子は上京したのである。

 「そのことなら雅実さんに直に伝えてあげてください。今日は楽しかったです。ありがとうございました。私もお会いできたことがうれしかったです」

 「ありがとう。でもね、私は素直じゃないのよ。雅実さんには帰ってからお手紙を書くわ」

 美代子は簡単なあいさつだけを済ませて、翌日帰郷していった。

 数日の後、雅実の元に美代子からの書簡が届いた。

 

 前略、千々和雅実さま。

 先般はあわただしい東京滞在におつき合いくださり、ありがとうございました。思いがけず、昌行さんにお会いできたことも、よい思い出となりました。くれぐれもよろしくお伝えくださいね。あなたたち2人にお会いするのは、これが最後の機会になるかもしれませんが、思い残すことは何もないでしょう。

 ごめんなさい、今、私は嘘をつきました。昌行さんにお会いできたのは、「思いがけず」じゃなかったのよ。この上京の目的は、実は昌行さんにお会いすることだったの。それがこんな風にお会いできて何よりでした。

 これから書くことは、私の遺言だと思ってほしいわ。私はもう、あなたの耳に雑音は入れません。昌行さんとお会いして、はっきり決めました。あなたはそちらで、昌行さんたちと幸せになってください。もう、斉木の呪縛からは解放されていいのよ。斉木があちらに行ってしまおうとしたことの責任を感じていることはありません。あなたは幸せになろうとしていいの。

 あなたは私にとって、とても善い娘でした。一時だけでも娘であってくれたことを、私はとてもうれしく思っています。そして、斉木にとっても立派な妻でいてくださいました。私も斉木も、あなたの献身を生涯忘れることはないでしょう。それだけに、雅実さん、あなたには幸せになってほしいんです。

 でも、あなたはもう幸せをつかんでいらっしゃったのね。私はそれを確信できて、本当にうれしかったのよ。昌行さんを離したらダメよ。あなたがお義母さまと呼んでくださったのは、私の誇りです。ありがとう。

 早々

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今回はここまでです。そろそろ「Ⅲ」も終わりに近づいている気がしています。もうしばらくおつき合いください。それではまた!