創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「熾火Ⅲ」(04)

 

こんにちは。連続創作「熾火Ⅲ」の(04)をお届けいたします。今さらではありますが、作中の人物や設定は、全て架空のものであって、実在するものとは一切関係ありません。どうぞお含みおきください。

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 順調に見えていた昌行の地域生活支援センターへの通所は、震災のためもあってか、一時途絶えてしまっていた。その間、昌行はブログやSNSの設定変更に逃げ込むように集中していて、当事者会の「しずく」の打ち合わせにも参加できてはいなかった。

 「昌行さん、うつが出てきたんですかねえ」

 新田壮介が吉岡啓と語り合っている。どうやらこの2人は、打ち解けてきているようだ。

 「それにしても、原発事故の情報は、何が正しくて、何がデマかわからないですよねえ。こないだも『今すぐ関東から逃げた方がいい』って、わりと落ち着いてると思ってた人がコネクトに書いてました」

 「それはどうなんだろうね。壮介くんはどう思ったの」と啓が続ける。

 「いや、わからないから聞いてみたんですけどね。あ、すいません、そろそろ時間ですか? 由紀江さん」

 「新田さん、ありがとね。今日は見学に来てくれた方がいます。簡単に自己紹介をしていただきますから、よろしくお願いしますね。この会の主な目的は、ピア・サポートと言って、当事者同士で支え合おうというものです。いたずらに批判し合ったり、かといって慰めあったりしないようにしたいですね。では、今日の見学者からごあいさついただきますね」

 由紀江が紹介した若い女性が、軽く会釈をした。由紀江はさらに続けて、

 「お名前は、今日どんな名前で呼んでほしいか言ってください。ニックネームでもいいですよ。聞く側は、その人が話しやすいように聞いてあげてくださいね。遮らないようにしてくださいね」

 と語った。由紀江と壮介、啓、雅実が順に自己紹介をした後で、見学に訪れた須藤めぐみが口を開いた。

 「みなさん、初めまして。《ミューズ》って呼んでくださるとうれしいです。学校を卒業した後で、うつになってしまったようで、私もコネクトで知ってから、由紀江さんとビデオ通話させてもらって、それで参加してみました。よろしくお願いします」

 「ありがとう、ミューズさん。言いにくいことや言いたくないことは、無理して言わなくてもいいですからね」

 「はい、中井さん。わかりました」

 「あと一人、谷中さんって男性の中心メンバーがいるんですけど、震災の後、あまり調子がよくないようなんです。ミューズさんは、あの時はどうされてましたか? 大丈夫だったかしら? 差し支えなければ、お話しなさってみませんか?」

 既に由紀江とは、何度か話をしてきている様子の《ミューズ》は6歳の男子の母親と語った。この日は実母にその英(すぐる)を預けてきているようだった。

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今回はここまでといたします。いつもお読みくださり、ありがとうございます。それではまた!