創作シリーズ「熾火」

敗れざる者の胸奥に灯る《いのち》の灯り――。

創作「見えない隣人~新・熾火:第三話」(01)

 

《ミューズ》を名乗った須藤めぐみが当事者会の「しずく」に参加した2011年6月から、早くも11年が経った2022年、息子の英(すぐる)は17歳に成長していた。

「英くん、高校卒業したらどうするの? 何がしたい?」

英は、由紀江と雅実を中核とするフリースクール「ステップ」に通いながら、「しずく」の業務を手伝っていた。

「『しずく』のスタッフになっちゃうのがいいかもなんだけど、給料は出せないからなあ・・・」

苦笑いする雅実だったが、英は悪い気がしていなかった。英は「しずく」の居心地のよさが気に入っていた。

「はあ、もう英くんも卒業が近いんだよねえ。時間が経つのって、早いのねえ」

「ぼくも心理職か、福祉職を目指そうと思ってるんですけどね」

「お、マジか」

「はい。何ていうか、経験を活かして、自分のような人の役に立てないかなあって思うんですよ」

「泣かせるねえ」

「やだなあ、茶化さないでよ、先生!」

本当は大学院まで行って研究をしてみたい。それを英が飲み込んでいることを雅実は熟知していた。その切なさを、茶化すことでごまかしてみせたのだ。めぐみと英の親子は、雅実にとっては実の妹親子のように感じられていた。

精神疾患を抱えるめぐみの子として育った英は、近頃であれば「ヤング・ケアラー」とも言われているかもしれない。普通校には通わなかったものの、よき青年に育ったものだとの感慨に雅実はふけっていた。

しかし、その穏やかな週末の静寂を凶報が切り裂いた。2022年7月8日金曜日、投票日を明後日に控えていた参院選の演説中に、元首相の羽場孝蔵が高根裕二によって銃撃された。心肺停止の状態で搬送されたのちに、17時3分には羽場の死亡が確認された。

「英くん、ショッキングなニュースだったから、しばらくテレビやネットから離れていた方がいいよ」

「そうします。先生もお気をつけて。ぼくも帰ったら、母にそう伝えますね」

この年、須藤めぐみは38歳になっていた。めぐみは31歳になった2015年までに、前夫の須藤正樹と離縁して旧姓の高津に戻っていた。離婚の原因は正樹から受けていた精神的なDVであり、中井由紀江が紹介した弁護士を介して千葉に転居していた。正樹からのDVを避け、英を守るためである。

「しずく」を利用するようになっためぐみは、英語力を活かして編集プロダクションで翻訳業務に精励していた。正樹からのDVと抱えていた精神疾患という問題について、めぐみはよく取り組んでいた。高津家はもちろんのこと、「しずく」のメンバーたちがそれを支えていたからであった。

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今回からは「第三話」といたしました。お読みくださいましてありがとうございました。それではまた!